幸せ読書

読書を通して、小さな幸せ見つけたい。

「ラブカは静かに弓を持つ」安壇美緒 集英社

 

武器はチェロ。
潜入先は音楽教室
傷を抱えた美しき潜入調査員の孤独な闘いが今、始まる。
金木犀とメテオラ』で注目の新鋭が、想像を超えた感動へ読者を誘う、心震える“スパイ×音楽”小説!

少年時代、チェロ教室の帰りにある事件に遭遇し、以来、深海の悪夢に苛まれながら生きてきた橘。
ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への潜入調査を命じられる。
目的は著作権法の演奏権を侵害している証拠をつかむこと。
橘は身分を偽り、チェロ講師・浅葉のもとに通い始める。
師と仲間との出会いが、奏でる歓びが、橘の凍っていた心を溶かしだすが、法廷に立つ時間が迫り……
(紹介文引用)
 

本作は、音楽教室を通しての、講師と生徒の関係、生徒同士の関係と人間関係をじっくりと丁寧に描かれています。その音楽教室で、スパイとして、潜入した主人公が、自分の講師や生徒仲間たちが温かくて良い人間であればあるほど、自分のスパイ活動対しての葛藤や苦悶がひしひしと文面から伝わってくるところに、人間味を感じ非常に共感できました。

また、主人公の自分の仕事における矜持と、自分の行っているスパイ活動に対する後ろめたさとの整合性を取るのが如何に難しいかという点にも、なるほどなと、考えさせられる所があり非常に面白かったです。

それから、作者の安壇さんの心理描写にスピード感を持たせて描かれてらっしゃるところが、非常に上手で、凄い筆致だなと感服しました。

後は蛇足ですが、私も3歳から15歳まで、バイオリンを習ってたので、同じ弦楽器の仲間として、主人公の習うチェロに対しても非常に親近感があり、楽しく読ませていただきました。作中に出て来たバッハの『無伴奏チェロ組曲』第一番の、クーラントも実際に聴いて見ました。とても良かったです。

3歳の時初めてバイオリンを持った時、実際は、あごに挟んで、弦には、触らせてもらえず、まず右手で弓を弦に弾くことばかりだったのを思い出しました。この作品の講師の浅葉先生が、レッスンの時に、弦よりも、弓に意識を持ってと教えてるのが、私のバイオリンの先生の教えと一緒だったのにも、驚きました。

現実にあったJASRACヤマハ著作権使用料を巡る裁判という社会的背景の設定のもと、そこに生きる人間が丁寧に描かれ、またストーリー的にも中盤から、まるでスパイ映画を見ているようなハラハラドキドキ感もあってエンタメ要素も高く、非常に素晴らしい作品に出会えて幸せだなと思いました。